インターネットの普及につれ、孤独な人が増え続けるのは一目瞭然だろう。
『インターネット = 生活の場』とする人達が急増している。いや、当たり前の事かもしれない。
インターネットが『簡単に人を殺す若者を産んでいる』とまで言われるようになっているが、真実では無いだろう。
真実はそれ以前にあると思う。
若者と呼ばれる年頃の以前である、言わば『子供』と呼ばれる年頃の『親の接し方』に問題がある。
殺人事件や傷害事件、自殺などを起こす原因をその子供達の『性格』という一言で決め付けてしまうのは大間違いだ。
子供のうちから、『あれしちゃ駄目、これも駄目』というしつけを行う事が、その子供に目隠しをしてしまい、平行して『トラウマ』を身に付けてしまう。
子供の「あれ欲しい、買って!」という言葉に対して、『経済的な理由』からではなく『これが教育だ』という強引で頭ごなしで実の無い対処を行う。これこそが『暴力』や『殺人』、『孤独』といった本質を子供が持ってしまう理由だ。
何らかの理由を説明するべき所で、理由も述べずに『駄目!』挙句の果てには暴力。最悪のケースだ。
子供がその件の答えを理解しないまま、また別の件で同じ様に理由も無く頭ごなしの『駄目!』を言い渡される...それがエンドレスに続くわけだ。
まさに、『目を塞がれ、耳を塞がれ、口も塞がれた』状態で『生活』して行くのである。そして、その生活の場には、子供の家族だけではなく、同級生や友達といった『他人』が存在する。
故に、『家庭内暴力』や『暴力沙汰』や最悪、『殺人事件』となって『本来の自分自身とは違った人格』で自己主張してしまうのだ。
『閉鎖された子供』がそのままで成長するとどうなるか?
『他人の気持ち』を理解できない、理解しようとしない大人になって行く。
子供の頃に覚えた、「なぜ駄目なんだろう?」等という『疑問』。そして、それに対する『答え』という流れ(システム)を理解しないまま、世に出るわけだ。世間の人達と関わりを持っていくのだ。
シュミレートしてみれば簡単に判るだろう。
これは、昔も今も変わらない。
「最近の小僧共は人を簡単に殺す」という言葉は最近では良く耳にするだろう。
では、昔の若者は今の若者より『人を傷つける』事が少なく、怖い存在では無かったのだろうか?
答えは『NO!!』だ。
それは、現在に比べると『仲間意識』が強い環境だっただけで、『人を殺す可能性がある若者』が少なかったわけではない。
親や周りの大人に『頭ごなしに駄目!』と理由の無いままに押し付けられても、その愚痴をこぼしたり理由をディスカッションする『相手』が容易にいたから、辛うじて様々な形で発散していたのだ。
中には殺人や傷害という間違った発散をした連中もいるが。
では、現在ではどうだろうか?
平気で悪びれもせず、人を殺したり傷つけてしまう若者の気持ちが理解できる。
昔と今の『閉鎖された若者の環境』の違いが判るだろうか?
インターネット、つまり『仮想世界』だ。
各々がインターネットと言う仮想世界に入りびたり、まさに『孤独』となっている。
その『孤独』という言葉に、『寂しげな』ニュアンスを感じる人は多いだろう。がしかし、今の若者は『孤独』という言葉に、寂しさを感じないのである。
インターネットに自分の身を置く事を好むのは、『押さえつけられる環境』ではなく、疑問に対する『答え』がインターネットにゴロゴロ転がっているからだ。
まさに『生活の場』である。
少し前から人気を博している『ブログ』が良い例だ。
愚痴をこぼすのも、気勢を上げるのもインターネットなのである。
そして悪い事に、インターネットを理解しない、理解できない大人達がその若者の親であり、叱るべき大人達なのだ。
そして更に悪い事に『インターネットで若者を何らかの形で包括しようとする』のも大人達なのだ。
しかし、インターネットが『人を簡単に殺してしまう人間』を生み出したわけではない。
やはり『疑問』に対する『答え』を出して上げないまま、『頭ごなし』に叱り、抑え続けていた『親』のせいなのである。
最近では、親と子供のコミュニケーションが上手に取れていない。いや、全く無い家庭もあると聞く。
『疑問→答え』という当たり前の流れを子供に教えてこなかった親と、奇しくも覚える事ができなかった子供。その子供が成長して若者と呼ばれる世代になり、インターネットで『疑問→答え』という流れを覚える。
だが、現実世界で周りを見渡すと....。これが『寂しい事』であると、親も子供も気付いて欲しい。
『友達を作ればいい....』
『友達が助けてあげて欲しい』
そう私は思い願う。
『どうやって見つけるの?』
『助けてあげるのはなぜ?』という疑問があれば、その孤独な若者に、兄として、友として、先輩として答えてあげようと私は思う。
又、自分自身も子供であった大人達にも言いたい。
子は親の背中を見て成長するだけではない。親の言葉や態度で『安心』もするし『恐怖』もする。
そしてそれらは、心の奥底にしっかりと命果てるまで記憶されるのだ。
理由も無く自分自身の命を失くす子供は、この世には1人もいないのだ。
真面目でなくても、学が無くても、何事にも負けず、何事にも翻弄されずに『親』として子供を大切にして欲しい。
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